チェンライ近郊にはアカ族、リス族、ラフ族、首長族、耳長族など少数山岳民族が暮らしています。最初は観光名所のひとつくらいの軽い気持ちで訪問を考えていましたが、調べていくうちに彼らの置かれている立場がはっきりと見えてきました。
どういうことかというと、ミャンマーや中国からの難民である彼らには国籍すらなく自力での生活が困難な立場にあり、タイの保護(監視?)の下、見世物として観光客が落とす金で生活しているのです。
真意のほどは定かでありませんが、観光用にミャンマーから少数山岳民族の子どもを買ってきているとの噂もあります。人道的におかしいと思う正義感もあるけど、正直、見てみたいと思う好奇心もあります。
無事合流して出発! |
遅れついでにトイレに行き、ミーティングポイントの国内線到着口を出るとガイドさんが”J-TRAVEL あしてん様”と書かれたプレートを持っていたので迷うことなく無事合流。拙い英語で遅れたことを詫び、今日の予定の確認や自己紹介をしながら車まで歩きました。返って来たのは「アナタ英語上手。私、日本語少シ喋レル。」という日本語でした。
ガイドのドゥアンさん(女性)は日本にホームステイした経験があり、日本語学校にも通ったそうで日常会話程度の日本語は問題ありません。
ちなみに私の英語は”上手”なのではなく、ゆっくりと語尾までしっかり発音するJapanese Englishで、文章が短く、簡潔明瞭で必要最低限しか喋れないから聞き取りやすいのしょう(笑)。
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ドライバーのトゥイさんの運転で10:50に空港を出発。まずは山岳民族の村に向います。
前から気になっていたことですが、季節がHot,Hotter,Hottest(暑い、すごく暑い、ものすごく暑い)のタイでは車の温度調整はCoolのみでWarmは必要ないようです。 |
タイの車の温度調整 |
山岳民族村のゲート |
機内から見たチェンライは霞んでいましたが、その理由をドゥアンさんに尋ねると、この時期チェンライは稲刈りが終わったところで田んぼを焼いてるからだそうです。ところどころ煙を上げている田んぼを見ながら、トゥイさんの安全運転で11:10に山岳民族の村に到着です。大型の観光バスも2台停まっています。 |
入村料はツアー代金に含まれているので、ドゥアンさんが払っている間に展示物を見学します。首長族が付けている首輪は真鍮製で3kgくらいあります。本来は不吉とされる木曜日に生まれた女の子が魔除けに純金の首輪を付けていたそうですが、いつしか他の女の子もおしゃれで付けるようになったとのことです。
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首長族の首輪 |
アカ族の鳥居 |
村の入り口をまっすぐ降りて行くと、まずアカ族の村があります。村の入口には鳥居みたいなものがあり、悪いものが村の中に入ってこないようにしているそうです。
ドゥアンさんがこのようなガイドラインを日本語で何と言うのか聞いてきたので、「”結界”ですかねぇ。」と答えるとさっそくメモってました。そのメモを見てくれというので見ると、カタカナが間違っていたので”KEKKAI”、”ケッカイ”、”けっかい”と3通り書いておきました。他にも質問してきたり、なかなか勉強熱心な方です。
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その鳥居の脇には男女の木彫りの裸体像があります。 これは村の中では男女が同じ部屋にいてはいけないとのことで、男同士が同じ部屋、女子供が同じ部屋なのでそうです。あとはご想像ください。 |
木彫りの裸体像 |
アカ俗の女性 |
アカ族の村に入ると豊穣を祈る”ブランコ祭り”に使われるブランコがありました。ただ、半島系から来たと思われる団体客がそのブランコに乗って遊んでいたのには閉口しましたが・・・。
写真のように女性はシルバーの飾りの帽子を被っているのが特徴で、縫い物や編み物をしていました。
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4〜5人の観光客がいる集会所のようなところに行くと、編み物等をしていた女性たちが集まりはじめ、竹でリズムをとりながら歌を披露してくれました。
するとブランコに興じていた半島系団体客どどどっと押し寄せてきました。ガイドさんと顔を見合わせ、次へ移動することにしました。 |
アカ族の踊り |
ヤオ族の女性 |
別の鳥居をくぐり、木彫りの裸体像(こちらの方がリアル)を過ぎたところにあるのはヤオ族の村です。ヤオ族は中国南部の広東省方面から移住してきたそうで、女性の顔立ちや売店で販売している装飾品は何となく中国っぽいです。 ドゥアンさんが「ココノ刺繍ハキレイデスヨ」と勧めてくれましたが、私自身センスがないのと興味がないので丁重にお断りしました。もっともアカ族の踊りが終ったのか、例の団体客がこちらに向かって来ているのが見えたのが最大の理由ですが。
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追われるようにヤオ族の村を後にし、次に行ったのはラフ族の村です。ラフ族も中国南部の雲南省方面からタイへ移住してきたそうです。ここでも竹で作られた工芸品等が置かれた土産物屋併設の集会所のようなところに行くと、またしても数人の観光客がいて私たちが竹でできたベンチに座ると歌と踊りが始まりました。
するとまたしても例の団体が大騒ぎしながら入ってきました。引率のガイドの声もデカイです。
今度はドゥアンさんの方から「モウ出マショウ。」と言ってくるくらいです。この団体客に気分を害していたのは私だけではなかったようです。 |
ラフ族の踊り |
村の学校 |
ラフ族の村を後にし、日本語、英語を交えて話しながらカレン族の村へ向います。
小さな子どもたちが集まっている建物があったので足を止めると、ドゥアンさんが入っても大丈夫ですよと言うので入ってみました。先生も手招きしてくれたので、近くまで行かせてもらいました。
こういう時のために飴を持ってきていたので、ドゥアンさんにあげてもいいか先生に聞いてもらうと大丈夫とのこと。机に飴を広げると大喜びで大きな子が取り分け、みんなワイをして「コップン・カップ」、「コップン・カ〜」とお礼を言ってさっそく食べ始めました。今回は不二家のペロペロキャンディ、森永キャラメル、チェルシーを持って行きましたが、一番人気はペロペロキャンディでした。
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飴のお礼にお遊戯を披露してくれるということで、しばらく見入ってました。それぞれの民族は独特の文字や言語をもっているそうですが、徐々に廃れて消滅しかかっている言語もあるそうです。この学校ではタイ語を教えていて、このお遊戯はタイ語の数字の数え唄でした。 |
お遊戯をする首長族の少女 |
この子たちに明るい未来を! |
大きな声で元気に歌ってくれます。この子たちが置かれている状況や立場は非常に厳しいものです。現実は不可能でしょうが、このまま純粋無垢なままでいて欲しい、そう願わずにはいられませんでした。
お遊戯が終わると惜しみない拍手をし、子どもたちにサヨナラを告げて手を振りながら教室を後にしました。
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不謹慎かもしれませんが、この山岳民族の村で一番楽しみにしていた首長族です。といっても学校のすぐ横で布を織りながらお土産を売っています。写真の女性はこの村で一番首が長かったと思います。
もっとも、彼女たちは首自体が長くなっているのではなく、首輪の重みで肩が下がり、首が長く見えているのだそうです。 |
最も首が長い女性 |
首長族の美女 |
ちなみに首長族と言われているのは、カレン族の中のバタウン族と呼ばれる一族だそうです。
写真は私的にこの村で一番の美人と思われた女性。ドゥアンさん曰く、白い服は独身、色ものの服を来ているのは既婚者と言っていましたが、逆のような気がします。ということはこの女性は既婚者?
マイペンライ・・・。
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写真は耳長族と言われているカレン族の中のカヨー族と呼ばれる一族です。写真のように大きなイヤリングをつけているのが特徴です。
ちなみにこの写真は併設のレストランで働いているところで、他の山岳民族も同様に男性のほとんどは村の外に働きに出ているそうです。 |
耳長族の女性 |
逆走バイク |
12:00頃山岳民族の村を出発。約1時間かけてミャンマーとの国境の町・メーサイを目指します。 しばらく行くと横から見た女性の姿をしているというレディマウンテンと言われる山があります。残念ながらレディマウンテンは例の野焼きのため、霞んでいてうまく写真が撮れません。もっともそう言われれば見えなくもないかな・・・という程度のものですけどね。 写真はそのビューポイントで停車しているとバイクが逆走してきているところです。
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今度は中学生風の二人乗り。後ろの子は逆向きで飴か何かを食べている様子。怖くないのかな? |
今度は背中合わせの二人乗り |
イチゴの露店 |
チェンライはイチゴとパイナップルの産地なんだって。道端にはイチゴやワイン(もちろんイチゴの)を売る露店が延々と続いています。店員はほとんど若い女性です。ドゥアンさん曰く、ドライバーはほとんど男性だから若い女性じゃないと停まってもらえないんだって。見た限り誰も買ってないので商売になっているのか疑問です。
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写真は信号待ちでのひとコマ。
鈴なりに人が乗ったボロいソンテオはミャンマーからの出稼ぎ労働者だそうです。メーサイに近づいた証拠ですね。
写真は睨んでるようにも見えますが、カメラに気付くともっと撮れよと言わんばかりに愛想を振りまいてきます。信号が変わったので写真はこの1枚だけですが、1stコンタクトのミャンマー人に好印象です。 |
ミャンマーからの出稼ぎ労働者たち |
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